子どもたちが見ている世界をのぞいてみよう ―タイに生きる子どもたちの語りから―(202408WS11)
- JMHERAT
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- 2024年8月25日
- 読了時間: 14分
第11回複言語・複文化ワークショップ
ツールで描き語る
わたしたちの言語・文化体験
ー親と子どもと教師たちー
この記事は、2024年8月25日(日)に終了した第11回複言語・複文化ワークショップの活動報告です。今回の記事では、ワークショップの中で、子どもたちだけで構成された「子どもグループ」の様子と、運営委員として感じた親子でワークショップに参加した意義についてお伝えします。
・終了報告はこちら


第11回ワークショップでは9歳から12歳までの子どもが8名参加しました。その内4名は大人グループに入り、4名は子どもだけのグループで活動を行いました。どのグループに入るかは子ども自身にあらかじめ選択してもらいました。通常1グループにファシリテーターは1名ですが、子どもグループには2名が入りました。
♦第11回ワークショップ子どもグループ参加者
年齢 | 学校 | |
Aさん | 12歳 | インターナショナルスクール |
Bさん | 12歳 | インターナショナルスクール |
Cさん | 11歳 | インターナショナルスクール |
Dさん | 10歳 | 日本人学校 |
今回の子どもの参加に関しては、年齢に条件はつけませんでしたが、子ども自身が参加意思を表明していることを条件に参加してもらいました。
1)当日の活動の雰囲気、子どもの様子
子どもたちは自分で参加を表明してきたものの、目的が分からないまま活動に取り組んでいる様子でしたが、子どもたち同士での語り合いを通じて活動に対し興味を持ち集中して取り組むようになっていきました。語り合いの時間以外に、作業中にも子ども同士で語り合う様子が見られました。

子どもたち同士はほとんどが初対面でしたが、活動を通じて会話が生まれ、休憩時間に一緒にゲームをしたり漫画を読んだりしていました。
最後のポスター発表では大人から多くの質問がなされ、どの子どもも堂々と自信をもって答える姿が印象的でした。大人たちは、ほかの子ども達のマップとポートレートを見ながら、「へえ、そんな風に考えてたんだ~」という声も聞こえ、今まで知らなかった子どもの一面を知ることができた様子でした。
2)子どもたちがかいたマップ・ポートレートの紹介
ここでは、子どもたち(Bさん、Cさん、Dさん)が実際にかいたマップやポートレートとその際の語りを紹介します。
①Bさんの言語マップ

〈大変だったこと〉
5歳でタイに来た時期に”学校”と”ともだち”の欄に大変シールが貼られていて、それぞれ「タイへくる」「友達かえる」と書き込みがあります。学校言語は日本にいた時から英語で変化がなくても、新しい学校に慣れるまでは大変だったことでしょう。でも、同じ時期の外(環境)の欄には「あたらしい国」と書き込まれた幸せシールも貼られていて、「新しい環境で、たくさん友達ができて嬉しかった」と語っていました。Bさんにとって日本からタイへの移動は大変でもあったけれど新しい幸せな体験を生むものでもあったことがわかります。
〈言語使用変化〉
”おとうさん” ”おかあさん” ”きょうだい”の欄は、最初はピンク一色でしたが、タイに来た後から徐々に英語の緑が増え、途中から全て緑色になっています。Bさんは「英検の勉強のために、おとうさん・おかあさんと英語で話して練習していた」と語っていました。WSでは詳しく話しが聞けていませんでしたが、5歳からインター校に通い、12歳までの7年ではBさん自身は今の自分と言語をどう捉えているのか。言語ポートレートで見ていきます。
②Bさんの言語ポートレート

〈顔に描かれた日本人だけれどタイで育つ私という意識〉
顔は半分ずつ、ピンクと緑で塗られており、「完全に日本人だけど、人生の半分はタイに住んでいる」と書き込みがあります。(実際は緑色で塗られているが、タイの青色で塗るつもりだった?)先の言語マップと合わせて考えると、Bさんにとってはタイの生活は言語的には英語の生活なのだということがわかります。日本人という意思と英語で考える私という混ざりあう自分が表れています。タイに住む私という意識が英語で表れるところが、インター校に通ってタイで育つ子ども達共通の意識なのかもしれません。では英語で育つ子どもは英語をどのように捉えているのでしょう。
〈服で描かれた、英語で育つ私は国際的という意識〉
体は緑色の服を着ています。これについてBさんは「自分は服が好きで、いろいろな国から来た服を着ているから、(いろいろな国で使われている言語としての)英語の緑で塗っている」と語ってくれました。服を通じていろいろな国とつながっているという意識があるのだと想像します。
〈手足に描かれたタイへの関心と関り〉
手や足の皮膚の部分は、ピンク・青・緑が混ぜて塗られています。「左の腕はスポーツに使う(言語)」「右の手は日本の文化と日本語を書くこと」「左の手はタイの文化タイ語を書くこと」と書かれていて、足も「足首より上 スポーツに使う」と書かれており、書くことやスポーツで使うなど、手足は主に機能的な役割とその能力を担う言語が描かれていました。
ここでとても特徴的なことは、頭には日本語と英語だけ描いたBさんが、右手と左手を同じ描き方と量で、日本語日本文化、タイ語タイ文化と描いたことです。両親が日本人でインター校に通う子どもはタイ語を書くことを要求される場面はおそらく少ないでしょう。ですがBさんはタイの文化とタイ語を日本文化と日本語と同等に描いています。ここからBさんのタイへの関心と、関わりの強さを感じます。それが「完全に日本人だけど、人生の半分はタイに住んでいる」と書いたことばに表れる〈日本人だけれどタイで育つ私という意識〉の基になっているのではないでしょうか。
〈足は経験、心臓は気持ち〉
足首より下は青で塗られており、「足首より下 今までタイを歩いてきた」と書かれています。足はBさんにとって移動の経験を表しているようです。また心臓の部分は、ピンク一色で塗られていて、頭に書かれていた「完全に日本人だけど・・・」が、主に気持ちを表しているのだということがわかります。
日本から就学前にタイに来て12歳の今まで7年間タイで育ちインター校に通うBさんの言語マップと言語ポートレートを見てきました。次に日本で生まれ日本国内移動を繰り返して2年前にタイに来て、タイで3年過ごしてきたCさんの言語マップと言語ポートレートをみてみましょう。
③Cさんの言語マップ

〈大変だったこと〉
Cさんの言語マップには、9歳でタイに来た時に、大変シールが貼られています。来タイ後、Cさんはバンコクのインターン校に通っているため、”学校””ともだち””外(環境)””情報”が日本語から緑の英語にはっきりと変わっています。移動に伴うこの急激な言語環境の変化は大変な困難さが伴うことでしょう。大変シールが貼られているのは当然なことと言えます。家族以外とはほぼ英語の環境です。その中で”テレビ”だけはやや日本語が多いようです。ですが、家庭内で観るテレビにも英語もかなりな量で描かれています。あえて英語の番組を見ようとしているのか、好きな英語の番組があるのか、残念ながらWS時間中には聞きそびれてしまいました。では言語ポートレートでCさんの言語意識を見て想像してみましょう。
④Cさんの言語ポートレート

〈上半身と下半身で分かれている言語意識〉
Cさんの言語ポートレートは、体の胸から上が緑、胸から下がピンクで塗られています。「英語は学校で使うので、『日本語よりは使わないけれど、頭に入っているから』、頭も緑色に塗った」と語ってくれました。一方で、胸から下をピンクで塗ったことについては、『よく(日本語を)使うけれど、あまり頭に入らないから』と書かれています。これはどういうことでしょうか。Cさんは9歳からインター校に入り、英語での学習を開始した子どもです。そのため教科学習のための英語はかなりわかってきても相当集中し相当集中して頭を働かせないとわからないでしょう。「英語は学校で使うので、頭に入っている」というのは、Cさんにとって、英語は勉強するときに使うので、一生懸命脳を使っているイメージなのではないでしょうか。一方で、「よく(日本語を)使うけれど、あまり頭に入らない」というのは、日本語が理解できないという意味ではなく、Cさんにとって日本語は生活言語だから、体に染みついているイメージなのではないかと思います。また、左手の指先は青で塗られていますが、「タイ語は全然使わないから小さい」と書かれています。言語ポートレートの説明の時も恥ずかしそうに、少しと言っていました。タイ語はほとんど使わないことが表現されていますが、ここには使えたほうがいいんだろうと思う「タイに住んでいる自分」という意識も表れているように思います。
さて、Cさんですが、きちんと聞けていなかった、語ってもらえなかったという反省がありました。Cさんだけでなく、この年齢の子どもがグループで短時間で要領よく自分を語ることはなかなか難しいことでしょう。そこで、Dさんには、言語マップと言語ポートレートの語りをより詳しく知るために、WS終了後に追加でインタビューを行いました。次の項目ではDさんの言語マップと言語ポートレートを巡る語りを見ていきましょう。
3)Dさんの言語マップと言語ポートレートを巡る語り
―ツールには子どもの人生と言語文化意識がどう描かれたのか―
ここでは10歳のDさんの言語マップと言語ポートレートの語りについて、WS後のインタビューも交えて詳しく見ていきましょう。
Dさんの言語マップ

Dさんの言語マップは、4歳でタイに来た時”学校”の項目に大変シールが貼られていて『初日からアルファベットかく』と書き込みがあります。Dさんの入った幼稚園では英語と日本語の時間があったそうで、「タイに来た時から、幼稚園とか学校とかが始まって英語やタイ語が始まった。」と話しています。そして全く知らなかった英語の文字を書かされたというエピソードが強く印象に残っていて、言語マップの大変さにも書かれました。
4~5歳までのところは幼稚園ですが、そこでの”ともだち”の項目はピンク、緑、青の3色で塗られています。青の色は途中から入っていて、そこに『タイ語で話すのが』と書かれた大変シールが貼られています。この時のことをDさんはインタビューで「タイ人の友達ができて、(でもタイ語を知らなかったので)なんとか手で表していた(ジェスチャーしていた)」と話していました。具体的に何が大変だったのかは覚えていないそうですが、ことばが通じない友人とコミュニケーションをとるのが「大変だった」ということのようです。「タイに来て、突然英語も入ってきて、プラスタイ語も入ってきて、頭の中が大変でした。」とこの頃のことを語っています。
Dさんの両親は日本の方ですから、”おとうさん””おかあさん”の項目はずっとピンクですが、10歳ごろに突然緑の英語が現れます。これは英検の勉強のために両親と英語で話していたことを描いたそうで、『英検受かった!!』と書かれた幸せシールが貼られています。「英語の勉強も大変だったけど、でもそれに受かったからそれがあんまり記憶にない」と、大変なことがあっても、そのあといいことにつながったら忘れるとも言っています。
”情報”の項目と、Dさんが自分で追加した”本”の項目は、7歳までピンク一色で、8~10歳はピンクと少し緑で塗られています。ワークショップ当日も漫画を持ってきていて、「本や漫画が好き」「台詞を全部覚えている」と語っており、“本”の項目には『本、マンガ読んでる時』と書かれた幸せシールが貼られています。これは大好きな『コロコロコミック(少年漫画雑誌)』のことで、この本には子どもの夢が全部詰まっていると熱心に語っていました。
Dさんの言語ポートレート

Dさんの言語ポートレートは、頭の部分はピンクで塗られていて『しゃべる言語』と書かれています。顔から肩までは緑と青で塗られています。
『心ぞう』は75%ぐらいはピンクで塗られていますが、残りの部分は緑、青で塗られています。上半身はピンクと緑の線が絡まるよう体内を巡らしています。『DNA(イメージ)』を想像して書かれたようで、この心臓の色のところを「心って感じ」と話し、「その中に日本のこともあるけど、英語に関係することもあるし、タイに関係することも」あって、みんな「混ざってる感じ」なのだと語っています。
その隙間にしみわたるように青色が塗られており、『タイの文化、食べ物 、ロイクラトン(灯籠流し)、バミークイッティアオ(タイのそば)』と書かれています。Dさんは「もしホテルに行って、バミークイッティアオがあったら必ず何杯も食べる」とタイの食べ物への愛着を語っていました。
手は緑で塗られており、『英語かけるから』『ローマ字入力を使う』と説明が書かれていますが、手の先は黄色(ラテン語・ギリシャ語)で塗られており、『ほんやくして使ってる』と書かれています(言語マップには出てこなかった色)。Dさんは実は自分で物語を書いているそうで、その物語のキャラクターの名前を「ラテン語・ギリシャ語に翻訳して名付けている」と話しています。「ラテン語とギリシャ語これ結構面白くて、ライオンにつける名前が思いつかないなーって時、ラテン語でライオンって調べるとレオっていう少しかっこいい感じに進化するんですね」と語り、翻訳機能をうまく使って言語のニュアンスを楽しんでいることがわかります。子どもの生活の中での豊かな言語との関係が見えます。
また、体の下半分はピンクで塗られており、隙間に小さく青と緑があります。『行動主に日本ちょこちょこ英、タイ』、『日本の文化、食べ物 汁物を飲む時に皿をもつ ラーメン、うどん、米』と書かれています。下半身は主に食べ物に関することだそうですが「日本は器をもって食べる」と語り、器を持って食べる日本と持たないタイというような、食べ物に関する文化的な行動もここに描いたそうです。顔の右頬の部分が少し青く塗られていることについて、「タイ語を覚える気はない」けど、ちょっと意識しているといったことを言っていました。体の周りは緑とピンクの線で囲まれており、本人は「オーラ」と表現していました。
4)まとめ:子どもがワークショップで語る意義
今回の活動終了後のアンケートに子どもたちはこのように書いていました。
I didn't realize I went through so much before mapping this put.(12歳Eさん)
Everyone had different ideas and was very interesting. Everyones opinions about themselves were different and had a lot of background story.(12歳Bさん)
自身の中にある言語の多様性、自身の中の言語の位置づけや、人生の振り返りなどの自分自身の気づきがあり、自分の人生を語る意義を感じたようです。
また、子ども同士で語ることで、人によって異なる言語や背景があるという他者への気づきもありました。さらに、今後の言語学習への動機づけにつながった人もいました。
今回の最年少参加者は9歳の子どもでした。この年齢の子どもがグループで短時間で要領よく自分を語ることはなかなか難しいことです。しかし、どの子も一人ひとりそれぞれの言語マップと言語ポートレートを描き、描いたツールを他者に向かって語っていました。Dさんは「言語マップは工作のようで楽しかった」「言語ポートレートの色を塗るのが面白かった」と語りました。子ども達に「あなたの経験を話して」「あなたとことばや文化の関係を聞かせて」と言っても、語ることは難しいでしょう。でも、子ども達は他の手段を用いて自分を表現し可視化したら、自分をことばでも語れるのです。そのことを今回のワークショップは示すことができたと思います。

親子でワークショップに参加する意義
親子で参加した親からの「参加者アンケート」では、
娘の成長を見る良い機会でもあった。
親と子どもの認識、価値観の違いが分かり、有意義でした。
といったコメントがあり、これまで親が知らなかった子どもの一面を知る機会になったようです。同じ複言語・複文化を生きている家族でも、親と子の経験は異なります。その異なりを意識することは複言語・複文化を生きる家族が理解し合うにはとても重要なことです。
また、親子で参加した参加者は家に帰ってからお互いのツールを見合って話し合う場面 があったようです。家族全員で参加したEさん家族は家に帰ってから感想を話し合ったと メールをもらいました。Eさんのお母さんからのメールから抜粋します。
娘は普段は外国に住む日本人で日本語を話すが読み書き苦手、タイやインドネシアに住んでるからタイ語やインドネシア語も話せると思われているけど本当は苦手なことに驚かれるというマイノリティ側だったが、ワークショップではマジョリティ、自分だけが特殊ではないということを感じたようだ。・・・夫は今まで複数言語の中で生きる子どもたち、大人たちと話し合うことがなかったから、自分自身を見つめ直して色々考えさせられた。
Eさん家族はこのようなテーマで話し合ったことはなく、初めての経験だったそうです。Eさんは、娘がワークショップを通して自己認識に自信を持つようになり、また単一言語文化背景で生きてきたご主人はワークショップを通して他者の経験を知り自身の言語文化感が揺れ動いていたようです。今回のワークショップに親子で参加したことによって、お互いが自分や家族に対する認識を深め、より理解し合うことにつながったのではないでしょうか。
同じように複言語・複文化を生きている人も、その経験や価値は異なります。家族でも同様です。今回親子で参加できなかった人も、きっと自分の子どもはどうなのか、と想像を巡らせたのではないかと思います。大人も子どもも一緒に参加することで、年齢も多様な複言語・複文化人生に思いを至らすワークショップになったと思います。
JMHERAT運営委員(松本 篠田)

