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複言語・複文化能力とは?(202304セミナー19)

JMHERAT第19回セミナー


複言語・複文化ワークショップで何が育まれるか

ー各地の実践報告からー


2023年4月2日(日)に開催した第19回セミナーの内容をこれから4回に分けてご報告します。前回は参加者の感想を一部取り上げて終了報告をしましたが、今回は「セミナー特集の趣旨」「研究会が捉える複言語・複文化能力」「複言語教育によって生まれるもの」「複言語・複文化ワークショップ」についてを掲載いたします。

 

セミナー特集の趣旨

これまで研究会では、教育実践共有セミナーや複言語・複文化ワークショップを実施し、複数の言語と文化で育つ子どものことばとアイデンティティの問題を考えてきました。その中で当研究会では、参加者が自分自身の経験を可視化しながら、自分の複言語・複文化状況を認識するために、言語情報ではなかなか共有しづらい経験を共有できる三つのツール「言語マップ」「関係性マップ」「言語ポートレート」を用いてワークショップ実践を行ってきました。このような実践を基に、2022年度に初めて運営者向けワークショップを実施しました。その中で複言語・複文化ワークショップの参加者の中で「何が育まれうるのか?」という視点について改めて考える必要性があると思い、本セミナーの開催に至りました。

研究会が捉える複言語・複文化能力

複言語・複文化主義とはヨーロッパで生まれた概念で、第二次世界大戦終了後に、平和な世界を築くための市民の育成の視点で考えられました。この理念では、複数言語能力や複数文化能力を用いて、言語と文化の境界線を超え、双方向的な行動ができる市民の育成を目的としています。複言語・複文化主義は、平和のために集められた欧州評議会が作成したヨーロッパの共通枠組みの参照枠(CEFR)を通して広く認知されるようになりました。この概念は日本にも広まりつつありますが、多言語・多文化主義と混合し理解されてしまうことがあります。しかし、複言語・複文化主義は、多言語・多文化主義のように社会に存在する多様な言語や文化のありようを捉えるのではなく、個人の中にある複数の言語と文化を焦点化し、英語では挨拶だけできるや、生活に必要なタイ語だけできるなどという部分的能力を肯定的に捉え、母語話者を理想としていません。複数の言語の総体をその人の言語能力として捉える考え方です。


このような背景のもと、当研究会では複言語・複文化能力を母語話者並みの能力として目指さず、部分的能力に価値を認め、個人の言語レパートリーにある言語同士が相互の関係を築き、相互に作用し合って存在していると捉えています。文化も同様であると考えます(奥村ほか、2016 深澤ほか、2018)。また、未知の言語や文化に出会った時、その人が持っている言語・文化資源を総動員して、自分を表現し、対応することができ、他者との関係を構築できる能力を複言語・複文化能力とし、その育成を目指しています。

 

コメンテーターによる解説:複言語教育によって生まれるもの

ここからは、三輪 聖氏(テュービンゲン大学)による「複言語教育によって生まれるもの」について当日お話なさったことをご紹介いたします。


欧州評議会によると複言語教育によって生まれるものとは、他者との関係性を構築する際に必要な「姿勢」「価値観」「能力」であるとしています。複言語主義の中心理念は、平和なコミュニティーを作ることであるため、「姿勢」が重要な視点であると考えられます。複言語教育では学習者が選んだ(複数)言語をなぜ学ぶのか、どのように学ぶのかという個人の意識や、言語学習を応用できるスキル、といった意識的な姿勢が育むことを目的としています。その中で、複数の観点をクロスさせるのも複言語主義では大事な要素となってきます。


複言語主義において言語の社会的な価値は中心ではありません。その人の中での言語的な価値は何かという点に着目します。言語がもつ文化や他者の文化的アイデンティティを尊重したり、言語や文化に生まれる違いを仲介し、他者との関係性を意識して繋いでいく力を育むことを目指しています。カリキュラムの側面では、統合されたカリキュラムという点がポイントで、トランスランゲージングなどもこの中に含まれると考えられます。様々な能力を重ね合わせ、総動員していくことが複言語主義のポイントです。このような複言語的な感覚を研ぎ澄ませていくには、絶え間なく続けていかなければいけないことだと思います。1回きりで身につけることはできず、このようなことを常に意識していくことが重要です。

 

複言語・複文化ワークショップ

当研究会では2011年より毎年、複言語・複文化ワークショップを実施してきました。初めて実施したワークショップでは当研究会が開発した「言語マップ」を用いました。その後、言語マップでは表しきれない他者との関係性に注目した関係性マップや、既存の言語ポートレートを用いたワークショップを実施し、個人の複言語・複文化のありようを捉える活動を行ってきました。そして、2022年には初めて運営者向けのワークショップを実施し、複数の言語と文化で育つ子どものための教育・活動の実践者とともに、言語マップ、関係性マップ、言語ポートレートがどのような力を育みうるのか?という視点で話し合いを行いました。





今回のセミナーでは、この運営者向けワークショップに参加された2名の実践者が行った実践報告と、研究会が行ってきた実践を言語ポートレートと言語マップの二つのチームに分かれて報告しました。今後の記事では、それぞれの報告についてお伝えします。

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