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国籍は権利−陳天璽さんの経験を聞く−(201202-04勉強会02)

陳天璽(CHEN Tien-shi)さんを囲んで


 無国籍の経験を持つ、国立民族学博物館准教授の陳天璽さんが来タイされた、2月10日と11日、そして4月25日に座談会を開きその経験を伺いました。

 陳さんは、台湾国籍だったため日本が中華人民共和国との国交を樹立したことによって台湾国籍というものが認められなくなり、無国籍になったという経験をお持ちです。私たちは生まれた時から日本人として自動的に得た国籍について、その有無も選択の可能性も考えたことがありません。しかし移動する生活の中で、常に国境を意識し、パスポートによってしか自己証明されない状況の危うさを感じてはいます。それは生まれた国でそのまま育ち生活を続けている人にはない危機感でもあります。このような状況の中、自分の「国籍とアイデンティティ」を考えずにはいられません。また国際結婚をしている方は二重国籍の子どもたちが、兵役、留学、結婚などで国籍の選択とどう向き合うことになるのか、悩んでおられる方も多いことと思います。  陳さんのお話の中で、二重国籍のままで構わないということばに、国籍が自己証明として与えられるものというより、自己存在の権利として主張し選択するものなのかと驚き、今当たり前のことをひっくり返されるような刺激的な座談会でした。座談会の出席者から陳さんの著書の感想が届きました。この感想を読んでいただくのが一番の報告になりそうです。本人の許可を得て紹介させていただきます。感想を寄せてくださった菊池さんは、タイの方と国際結婚し、タイで子どもさんを育ててこられた方です。


 

アイデンティティとは何に支えられるものなのか

陳天璽さんの『無国籍』を読んで  菊池ゆかり


 祖国だと信じていた台湾(中華民国)で、台湾のパスポートにあたる「中華民国護照」を提示したのにビザが必要だとして入国できず、生まれ育った日本に戻ろうとして、日本からも再入国許可の期限が切れていると入国を拒否された21歳の春の衝撃的な体験からこの本は始まっています。  無国籍の人は安住の地が与えられないのか?無国籍の人に人権は無いのか?何故無国籍の人が生まれるのか?疑問が次々に湧いてきます。  私自身、日本のパスポートに居住国のビザを貰いながら生活しているにも関わらず、自分が何も考えずに日本の国籍を持ち、その権利を行使していることに初めて気付かされました。こんなに自分の無知・無関心を恥じたことはありません。  日本に住む中国人、いわゆる華僑である著者のご両親は、1972年、日中国交樹立の影響で国籍の選択を迫られます。日本と国交のなくなった台湾の国民として生きていくのか、国交の樹立した中華人民共和国に国籍を変更するのか、日本国籍に帰化し、日本の国民として暮らしていくのか?日本との戦争の記憶、中国共産党政府とのイデオロギーの違い、日本の承認しない国の国民として日本で生活していく不安。幾日も悩み続けてご両親が出したのが、中国も日本も選択せず「無国籍」になるという結論でした。  このことを指して「自ら無国籍を選択したのではないか」という人がいるかもしれません。しかし、考えてみて下さい。どの国の国籍も選べない・選びたくない理由があったのです。日中国交正常化と二つの中国の対立という国家間の理由に翻弄され、出さざるを得なかった結論が無国籍でした。そして、この本は、そうした選択肢も与えられず生まれながらに無国籍である人の存在や、無国籍故に与えられていない様々な権利について私たちに教えてくれます。  人権の国際的な保障は国連の主要な使命の一つですが、その国連で働きたくても国連に加盟している国の国籍を持っていなければなりません。無国籍であるために著者は国連の採用試験でも門前払いされます。人間が人間として生まれながらに持っている権利を与えられていないということは、無国籍者に人権は無いということなのでしょうか?  国家、国境、国籍が持つ威力に翻弄されつつも、それに立ち向かってきた著者が、自身の苦しい経験をベースに、自分の問題としてよりも、国家の在り方や社会の問題として、私たちに国家とは何か、国境とは何か、国籍とは何か、そしてアイデンティティとは何に支えられるものなのかを読者に問いかけてきます。そして著者自身も様々な理由で無国籍となっている人々との出会いから、「私は誰なのか」を見つけていきます。  国籍を持たないことによって様々な権利を奪われている人々の存在を通して、自分が現在享受している権利、当たり前のように行使している権利のありがたさを教えられました。一方、外国人として日本を離れている自分の立場が、ある日突然国家間の都合で全ての権利を失う可能性のある脆いものであることにも気付かされました。

 

 

二重国籍は子どもの権利

陳さんの『越境とアイデンティフィケーション』を読んで  菊池ゆかり


 とても為になる本でした。そして、すごく嬉しく、安心できる内容を見つけたので、皆様にご報告します。  第4章に名城大学法学部教授で憲法、国際人権法がご専門の近藤敦先生が「複数国籍の容認傾向」という題で書いていらっしゃいます。その中に、下記のような記述がありました。

日本の国籍法には下記の通り記されています。 ******************** 重国籍者は,重国籍となった時が20歳未満であるときは22歳に達するまでに,重国籍となった時が20歳以上であるときはその時から2年以内に,いずれかの国籍を選択しなければなりません。  この期限内に国籍の選択をしないでいると,法務大臣から国籍選択の催告を受け,場合によっては日本国籍を失うことがあります。 ********************

けれど、近藤先生曰く、国籍法では上記の通り「日本国籍を選択しないものに対して、書面により、国籍の選択をすべきことを催告することができ、催告を受けたものは、催告を受けた日から1月以内に日本国籍の選択をしなければ、その期間が経過した時に日本の国籍を失う」となっているが、法務省民事局長の第156回国会参議院法務委員会(2003年7月17日)の答弁によれば、これまで法務大臣が催告を行った例はないそうです。催告手続きには極めて慎重な運用がなされるのは、国籍の剥奪を禁ずる世界人権宣言の趣旨を踏まえているためで、世界人権宣言の国籍の恣意的剥奪禁止の理念を具体化したヨーロッパ国籍条約を解釈指針として、日本国憲法22条2項を解釈するならば、少なくとも血統主義に基づいて複数国籍となった者(私たちの子供たちのような立場の人たちです)に対して、国籍選択制度を課すことは「ほしいままに国籍を奪い」、本人の自由な意思による「国籍離脱の自由」を侵害する憲法違反の行為と思われる、とされています。

 少なくとも、子供たちが22歳になった時、国籍の選択をしなくても、催告を受けることはなく、催告を受けないということは、ずっと日本国籍もタイ国籍も選択することなく、二重国籍のまま、2つのパスポートを持って生きていくことができるということです。ずっと不安だったことが、一挙にクリアになり、国籍選択のカラクリが分かった気がしました。  他にスウェーデンも1979年に父母両系血統主義を採用し、国際結婚で生まれた子供の複数国籍者が協定を結んだほかの国籍国に居住して成人となった場合に、スウェーデン国籍を喪失するという規定が決められたそうです。でも、日本の催告同様、その種の協定はどの国とも締結されておらず、結果として複数国籍が認められていました。結局、スウェーデンは2001年に複数国籍を全面的に認める国籍法改正をして、アメリカやオーストラリアのように複数国籍容認の自由な体制の仲間入りをしたそうです。  日本は複数国籍に対して非常に制限的な国とされていますが、この本を読む限り、世界の潮流に逆らい親から受け継いだ国籍を剥奪するようなことは今後も起こらないと思います。  是非皆さんもお読み下さい。他の先生方のアーティクルもとても興味深いものばかりでした。  3月に初めて陳先生にお会いした時に「国籍なんて選択しなくていいのよ」とおっしゃった意味がはっきり分かりました。とても安心しました。

 

陳さんと陳さんを紹介してくださった石井さん(東洋英和女学院大学准教授*1)からここで紹介した本他2冊いただきました。これらの本は研究会所蔵とし、皆さんへ貸し出しできるよう今方法を検討中です。決まり次第ブログにアップします。


  • 陳 天璽『無国籍』新潮社2005年

  • 陳 天璽・ほか『越境とアイデンティフィケーション』新曜社2012年

  • デビッドC.ポロック・ルースヴァン.リーケン『サードカルチャーキッズ−多文化の間で生きる子どもたち』

  • C.ダグラス.ラミス・姜尚中・萱野稔人『国家とアイデンティティ』岩波書店2009年

*1:座談会にも同席された石井さんは、今年4月に名古屋商科大学から東洋英和女学院大学に移られました。

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