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複言語複文化ワークショップで何が見えるの?①ことばと自己認識②「個」のあり様③「夫婦」から「個」へ(202403セミナー20)

JMHERAT第20回セミナー

実践の往還を考える

複数の言語と文化を生きる子どもの成長を支えるために


2024年3月31日(日)に開催した第20回セミナーの2回目の報告です。今回の記事では、

3つの複言語・複文化ワークショップ実践報告の発表内容とコメンテーターの舘岡洋子先生のお話をご紹介いたします。


前回までの記事

・終了報告はこちら

・報告①「「対話」による継承日本語教育の活動とは・継承タイ語教育を重ねる実践者の変容」はこちら

 

複言語・複文化ワークショップ実践報告①

「複言語環境で育つ子どもの言語使用とアイデンティティ」

 五嶋友香(JICA 海外協力隊2023年度3次隊、日本語教育、パラグアイ)


 以下に、ご発表の一部をご紹介いたします。


ウルドゥー語は自分のことば

 五嶋さんは日本の公立学校に通うムスリムの小中学生にオンライン教科学習支援を行っていた際に、その子どもたちがこれまでどのようなことばを使用してきたのか、そのことばが自分自身の捉え方(アイデンティティ)に影響を与えているのではないかという疑問を持ち、言語マップ調査を行いました。子どもにとって視覚的にわかりやすく、個性が表れやすく、子どもが楽しめるという理由で「言語マップ」を使用されたそうです。

 言語マップ調査や子ども・母親へのインタビュー等の結果、自分と他者を意識した例が見られたといいます。同様のルーツを持つ子どもや「日本人」の子どもと比較して、自分自身や自らのことばの力を否定的に捉えている子どもや、「顔をじろじろ見られる」などの経験から「日本人」の子どもたちとの違いを感じる子どもがいたこと、一方で日本語で学ぶことで自分のことばはウルドゥー語だと感じようになった子どもがいたことを紹介されました。調査協力者5名とも、保育園や小学校に通い始めた頃、つまり、言語使用が増え、自分と他者を意識しながら他者とかかわるようになった頃に、「日本人」との違いを感じていたということです。このように、言語使用と他者との関わりはアイデンティティを考える要素であり、自分にとって意味のあることばを見つけ、他者との関わりを広げていくことの重要性を述べられました。


 

複言語・複文化ワークショップ実践報告②

「個に応じた日本語指導のための言語マップ作成―在外教育施設における実践から―」

 西山実玲・佐々木綾香・島袋夏鈴(バンコク日本人学校)


 以下に、ご発表の一部をご紹介いたします。


児童・保護者・教師が参加した言語マップ活動

 バンコク日本人学校では、小学1、2年生を対象に週2時間の取り出し授業を行っています。DLA(外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメント)を活用して児童の実相を把握していますが、短時間の対話では言語使用の実態を詳細に把握しきれないという課題があり、児童33名に対して「言語マップ」を使用した実践を行うことになりました。実践では「言語マップ」、未来を想像して誰にどんなことばを使って話していたいかを描く「未来の言語マップ」、そして未来の自分への手紙を作成し、それらを共有しました。この実践は子どもの言語使用について考える機会とするため、保護者の参観のもと行われました。

 子どもたちの言語マップは十人十色であり、言語マップを使って互いの経験を共有することで、子ども同士の相互理解が深まり、自己を認める姿勢も見られました。保護者が知らない想いについての語りもあり、保護者にとっても子どものアイデンティティやバックグラウンドについて考える場になりました。教師にとっては子どもたちの考えやバックグラウンドを知る機会となり、個々の子どもたちの捉え方が変わりました。

 言語マップ作成を通して得られた情報を学校現場でどのように役立てていくかを検討していくこと、そして次年度以降も言語マップ作成を継続して子どもたちの変化を見ていくことが今後の展望として挙げられました。


 

複言語・複文化ワークショップ実践報告③

「日本部会活動の意義と、その模索―タイにつながる日本在住夫婦を対象にした複言語・複文化ワークショップを起点に―」

 松岡里奈・橋本洋二(JMHERAT日本部会)


 以下に、ご発表の一部をご紹介いたします。


タイ人親を「支援」したいという意識からの活動の転換

 JMHERAT日本部会は、2023年6月に、タイから日本に居住地を移した運営委員メンバーとJMHERAT代表、日本各地の有志によってタイにつながる子どものいる家庭のための新たなコミュニティ作りを目指して結成され、主にオンラインで活動を展開しています。発表では日本部会発足後の2回の複言語・複文化ワークショップが2組のタイにつながる日本在住夫婦に与えた影響と、その後に部会活動の目的の再考を経て実施された「タイと日本の小学校談義」についての報告がありました。

 複言語・複文化ワークショップでは、言語マップ活動と関係性マップ活動を実施し、それぞれの言語使用経験や周囲の人との関係性を共有しました。その中では家庭内言語の悩みや家の外でのタイ語使用について、率直な気持ちも話されました。ワークショップを通して夫婦間の理解の深まりや気づき、子育てに対する行動や考え方の変容も見られました。しかし、子どもに対するタイ語使用への自信につながった参加者がいた一方で、複言語・複文化ワークショップが自己開示が求められる場でもあることなどから、戸惑いを感じた参加者がいたこともわかりました。

 これを機に活動を再考し、まずはタイ人親が自分たちにとっての「当たり前」の経験・知識を日本人親に教え、日本人親は学ぶ、そのあとで、日本の「当たり前」を両者で学ぶ場になるよう、2回の複言語・複文化ワークショップ後に「タイと日本の小学校談義」を実施しました。実施してみると、参加する親たちは「タイ日夫婦」としてではなく、それぞれ一個人として主体的に関わることができ、互いの知らないことを認め合い、互いに知ろうと学び合い、共感する場となりました。今後も目的を見直しながら、日本部会活動の意義を探っていきたいと考えています。


 

舘岡洋子先生のコメント

 五嶋さんは、私たちがなかなか 普段知ることもできない、いろいろな人たちの言語使用の実態を言語マップによって明らかにしてくださいました。「個」として一人一人の言葉が明らかになったと同時に、子どもたちはコミュニティの一員だということを感じました。つまり、○○語を使っているコミュニティに入っていたり、モスクのコミュニティに参加したりすることで、言語使用が変わっていくことがわかりました。そして、興味深かったのは複数の言語を使用することによって自分のことばが相対化されていく様子が表れていたことです。例えば、ウルドゥー語と日本語を使うことによって、自分のことばはウルドゥー語なのではないかと相対化されていました。それも複言語の子どもならではのことではないかと思いました。そして、いろいろな人の実態から「ことばは自己認識と深く結びつく」ことがわかりましたが、ここから先、多様な実態をどう捉えたらいいかと思いました。そして、今後、この調査結果をどう言語活動実践につなげていくか、この支援活動についてだけでなく、現在携わっている言語活動実践においても実践を見る目が変わっていくのかというところをお聞きしたいと思いました。


 バンコク日本人学校のご発表もいろいろな子どもたちの言語マップを見せていただいてとても興味深かったです。特に保護者も参加したというところが画期的で、子ども、保護者、教師、それぞれにとっての見方が立体的にわかりました。あと、面白かったのが未来の自分への手紙を書くというところですね。未来の自分への手紙は、自分が日本語と、タイ語と、英語とどのように付き合っていくのかという自分のことばへの意識を手紙という形で表現するという活動だったのではないかと思いました。子どもは小さいながらも自分とことばの関係をしっかり考えているんだなと感じました。それから、教師の視点で発表者の皆さんが共通しておっしゃっていたのは一人一人を見ることが大事だということです。言語マップを描くことで普段見えないことが見えるという意味で「個」がとてもフォーカスされていたと思います。普段接している中では見えないような「個」が見えていく一方で、その「個」は文脈の中に埋め込まれていて、一人で独立しているわけではありません。つまり、「個」を見ていくと同時にその文脈を見ていくのだと思います。その文脈を見ていく中で、他クラスの子どもではなく、自分たちの子どものように、教師間で文脈そのものを共有することになるのではないでしょうか。これは教員同士の協働としても非常に重要ですし、学校の先生たち皆さんにぜひやってほしいと思いました。そして、教科学習などの実践にどうつなげていくかをというところをお聞きしたいと思いました。言語マップを描くという実践によって、子どもたちの言語活動をメタで見ることができたと思うんですね。つまり、普段の教室とは違う切り口から子どもたちのことをメタで見たことを具体的に実践の中でどう生かしていくのか、これが今回のセミナーのテーマの「実践の往還」につながっていくと思います。


 JMHERAT日本部会の話も大変興味深く、言語使用の実態から言語使用の意識への注目があったということですね。当事者のすぐそばの立場の人が語りを聞いています。例えば、ベンツさんという当事者のすぐそばにいる妻という立場で語ることで、かなり意識に踏み込んだ語りをしてくれています。言語マップ自体はやはり実態を外から可視化するものですから、それを語りによってどういう気持ちでそのことばを使っていたかという意識まで踏み込めるとすごく面白いものです。もちろん言語マップを描いた後にインタビューなどをすれば、いろいろな意識がわかりますが、今回の発表では当事者の語りから意識が聞けたところがすごく面白かったです。そして、ワークショップ参加により家族から「個」になったと言えると思います。普段の生活の中では一人の人間として家族を見る機会がなかなかありませんが、ワークショップという場に出ることによって一人の人間として客観的に相対化して見ることができたのではないかと思いました。そのため、第3回目のワークショップでもベンツさんの語りを聞いて、妻であるりなさんが喜んでいます。それは「家族」から「個」に視点が移ったのだと思います。ベンツさんも、妻に言われたことのあることを、ワークショップの場で深澤代表から言われたことで、承認してもらえたと感じています。これも第三者から全体で見ていたものを「個」にフォーカスされて、ベンツさんという個人、その「個」に還る場になったのではないかと思いました。

 日本部会の活動はたまたま、言語マップ活動を行うワークショップから始まったけれども、支援の場から対等に語り合い、学び合う場へ変わっていたということには非常に納得がいきました。日本人側が教えて、孤立しがちなタイ人をサポートするというのではなく、対等に語り合える場へと、学びの場が変化していきました


 最後に、複言語・複文化ワークショップ、言語マップ実践とは何だったのかということを考えてみます。

 まず、語ること自体の意義があります。モヤモヤしていることを語ることによって自分と向き合う、そして自分の「個」への自覚ができたという意義があります。それから、マップを描く活動自体が「個」に向き合う活動でありながら、多様性の可視化でもあるということが言えます。日本人学校の生徒さんたちの言語マップからは、例えば日本人とタイ人の国際結婚家庭の子どもという似た境遇の人がいたとしても、言語マップは全く違うという多様性が見えてくるということがわかりました。

 次に、語る場があること自体の意義もあると思いました。語る場というのは聴き手があってこそ語ることができるので、その意義が大きいと思いました。

 そして、可視化できることにも意義があります。可視化には整理できる、共有できるといったいろいろなメリットがあります。ただ、人の言語使用はとても動態的なので、その動態的なある一時を可視化したということを意識していないといけないと思いました。言語マップでは見えないこともあります。その見えないものをどのように想像していくかということも必要だと思います。

 言語マップはあくまでもツールです。けれども、ツールがないとなかなか引き出すことが難しいと思うので、何を目指して言語マップを描くのかということを考えながら、この言語マップ実践をやっていきたいと思いました。例えば、子どもたちをメタに見るための言語マップ活動なら、その言語マップ活動と子どもたちに対する実践とを行ったり来たりするために言語マップを描く。それによって実践に還元していくところに大きな意味があると個人的には思っています。



今回の記事では複言語・複文化ワークショップ実践報告を行ってくださった3組の発表内容とコメンテーターの舘岡洋子先生のコメントをご報告いたしました。次回の記事では、第3部の「『往還』をめぐって」についてご紹介いたします。

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