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4日目:複言語・複文化WSの各自の現場への文脈化と複言語・複文化能力の育成に向けて(202208-10WS09運営者向け)

第9回複言語・複文化ワークショップ<運営者向けワークショップ>


自分の居住地で、グループで、教室で

「複言語・複文化ワークショップ」を開いてみませんか!


今回の記事では、複言語・複文化ワークショップの「運営者向けワークショップ」4日目(10月9日)の報告をいたします。4日目は、各参加者の活動の場にこのワークショップ(WS)をどのように実践し、複言語・複文化能力の育成とどう結びつけるのかを考える活動を行いました。


前回までの記事

・終了報告はこちら

・第1回、言語マップ体験の報告はこちら

・第2回、関係性マップ体験の報告はこちら

・第3回、言語ポートレート体験の報告はこちら


 
自分の実践の場への文脈化の前に考えるべきこと
―JMHERATの経験から考えるWS運営側にとって大切な心構え

「自己開示」:信頼関係を築くことの大切さ

 当研究会の初めてのオンラインワークショップの際に、運営にあたり配慮の至らなかった点がありました。当時は、ツールを描いたことによって生まれる語りを重要視しており、実地型WSで行っていたような語りを引き出すWS運営を腐心して考え、開催日以前に各自でツールを描き、事前に提出する方式を取りました。しかし、これはいわば参加者に自己開示することを強制したことになり、非常に反省しました。

 また、ツールを描く工程を事前の宿題とすることにも問題がありました。このWSは言語マップを扱ったものでしたが、WS参加者には過去に悩みがあったから申し込んだ人も多いにもかかわらず、一人で言語マップ作成に向き合わせてしまったことにより、自分自身の過去の問題や苦労の記憶を呼び起こし、改めて辛い思いにさせてしまいました。

 「ツールを描く」という工程は、複数の人たちとグループで一緒に活動することに意味があるのだと思います。グループメンバーが同じような辛い経験を持っているとわかり、自分の経験も語りやすくなることもあるでしょうし、目の前にいる他人には深い部分は隠しておこうという選択もしやすくなります。ワークショップという場で行われる自己開示の度合いは、参加者自身が決めるものであり、決められるように運営側として配慮すべきであるということ、そして、運営側としては参加者に自己開示を迫りすぎてはならないということを胸に深く刻んだ経験となりました。以上のことから、当研究会では以下のように方針を決めています。

  • 作成を宿題にはしない

  • 参加者のツールの提出を義務にしない

  • 運営者の側も自分の描いたツールで自己開示をする →自己開示をする側・させる側にならないようにワークショップを設計する

当研究会としては、参加者が苦労や悩みを遠慮なく言える場の保証をするために、 運営者側は共感をもって傾聴することを心がけていきたいと考えています。



各ツールはどの「世界」に目(意識)を向けるものなのか


当研究会では3種のツールを主に、以下のような目的で使い分けています。

  • 言語マップ:言語使用状況を可視化する

  • 関係性マップ:周囲の人との関係性の構築状況を可視化する

  • 言語ポートレート:言葉、文化(ものも含めて)と自分との関わりや意識を可視化する

このような目的を鑑みて、ワークショップの中で2種類のツールを組み合わせて使用することが多いです。例えば、言語マップでこれまでの言語使用状況を可視化した後で、関係性マップを描き、人との関係性に着目するなどの使用方法です。こうすることで、言語マップでは描き切れなかった、誰と「どのように」繋がっているかを表現することができます。

 ツールというものは独り歩きしてしまうものです。関係性マップであれば、複数言語環境で育つ子どもがどのような人に囲まれ、関係性を作っているかということと、ことばの獲得や成長との間に密接な関係があるのではないかという問題意識のもと、開発されました。その出自をよく説明する必要があると思います。その上で、ツールを使う方々がそれぞれの文脈で、どのように使うか意識していけるといいと思います。

 
ワークショップ活動の流れ

さて、ワークショップ4日目は、以上のような企画チームメンバー3者(舘岡、三輪、深澤)による振り返りディスカッションを冒頭で行い、以下の順に活動を行っていきました。

14:00~ Ⅰ部 これまでのWSの振り返りと議論点について

  • これまでのWSのふりかえり(舘岡、三輪、深澤)

  • グループで話し合って欲しい議論点の提示

14:15〜 Ⅰ部 議論点についての意見交換

  • 参加者自己紹介

  • グループでの意見交換

14:30~ Ⅱ部 実践化の共有ー複言語・複文化WS実践を考える

  • 宿題の共有

  • 文脈化の検討       

15:20~ 休憩


15:25~ Ⅲ部 WSの先に考えること-WSを複言語・複文化能力の育成とどう結び付けるか

  • 複言語・複文化能力とは何か

  • Ⅱ部で検討したWS実践を、複言語・複文化能力の育成の視点で考える

16:05~ 全体共有(15分)

16:20~ まとめと挨拶

16:30 終了

16:30~17:30 懇親会

ここからは当日のワークショップの様子を紹介します。


Ⅱ部 各自の実践の場に文脈化した案の共有

 グループに分かれて、宿題として考えてきた、各自が関わっている実践の場に文脈化した案の共有を行いました。誰を対象にしたワークショップにするのか、どこで行うのか、どのツールを使うのか、そのワークショップの目的は、ワークショップ参加者のどのような将来像を描いているのかについて、各自の案について話しました。

例)Fさん:バンコクでの日本に関わりのある親子を対象としたワークショップの実践案


例)Mさん:日本でのタイにルーツを持つ子ども・その親を対象としたワークショップの実践案

 
Ⅲ部 WS実践を、複言語・複文化能力の育成とどうつなげるのか

 当研究会では、複言語・複文化主義の考えのもと行われる言語教育において目指す能力について、「未知の言語や文化に出合ったとき、その人が持っている言語・文化資源を総動員して、自分を表現し、対応することができ、他者との関係を構築できる能力」であると考えています。ただ、「言語・文化資源を総動員する」とはどういうことなのか、具体的には考えてきませんでした。

 そこで、欧州評議会(Council of Europe)の文献には「言語・文化資源を総動員する」ことについてどのように記述されているか、三輪氏に紹介していただきました。

複言語能力 ― “CEFR CV”(2018;CEFR Companion volume(補遺版)) 複言語能力には様々な資源を総動員して柔軟に活用する能力が含まれ、次のようなことを可能にする。

  • ある言語または方言(あるいは変種)から別のそれへと切り替える

  • ある言語(あるいは方言や変種)で自己表現しつつ、人が別のそれで話しているのを理解する

  • いくつもの言語(あるいは方言、変種)の知識を動員しテクストを理解する

  • 国際的に共有された単語を外見の新しいものとして識別できる

  • 共通言語(あるいは方言、変種)を持たない個人同士を、自身の知識が乏しくとも仲介する

  • 自身が備える言語のすべてを動員し、代替となるさまざまな表現形式を試みる

  • パラ言語(ものまね、ジェスチャー、表情など)を活用する

『CEFRの理念と現実 理念編 言語政策からの考察』 (第4章 ピカルド・ノース・グディア)(2021)

これらの記述から、「総動員」というのは、受容、産出、仲介のすべてを含むと考えられそうです。ただし、「ある言語または方言(あるいは変種)から別のそれへと切り替える」については、「トランスランゲージング(translanguaging)」との関係を見ていく必要があると思います。


 では、複言語教育は何を促進させることにつながるのでしょうか。

​複言語教育によって促進させられる能力や姿勢 ―“Plurilingual Education in Europe”(Language Policy Division, Council of Europe 2006) ①学習者が選んだ(複数)言語をなぜ学ぶか、どう学ぶかということに対する意識 ②(他の)言語学習にも応用できるスキルに対する意識とそれを用いる能力 ③社会で考えられている社会的地位とは関係なく、他者の複言語性、様々な言語や言語変種の価値の尊重 ④様々な言語のもつ文化や他者の文化的アイデンティティの尊重 ⑤様々な言語や文化の間にある関係性を理解し、それらを仲介する能力 ⑥カリキュラムにおける言語教育の包括的で統合されたアプローチ

これらはさまざまな資源を総動員して柔軟に活用し、他者との関係性を構築する際に必要な姿勢、価値観、能力であると言えます。①③④は、子どもの複言語教育で特に重要であり、子どもの視点からこれらのポイントについて働きかけることが大切です。そして、実践の場の運営者としては、⑥も重要なポイントです。


 以上をもとに、Ⅱ部で共有した、各自が関わっている実践の場に複言語・複文化WSを文脈化した案が、複言語・複文化能力の育成とどのように結びついているのか、再度グループに分かれて考えました。

 

4日目終了後に「気づきシート」に書かれた、「参加者としての視点」と「運営者としての視点」の気づきの一部をご紹介いたします。


参加者としての気づき

  • 私たちのグループは補習校の教員グループで、国は違うのですが、同じバックグラウンドや前提を持っていたのでとても話が弾みました。他の方の計画を聞いて、ぜひやってみたいと思うようなアイディアを具体的にいただくこともできました。

  • BORの話合いの中で「やっぱりそうだよな!」と思ったのは、ツール記入後の各参加者の語りと、全体での振り返りがたいへん重要で、そこがしっかりデザインされていないと、参加者の子ども/大人達がどんなに素晴らしい書/描込みをしても「面白いねぇ〜、すごいねぇ〜」で終わってしまいかねず、画竜点睛を欠いてしまう、ということだった。

運営者としての気づき

  • 目的を明確に伝えることや、例をどこまで見せるかというのもよく考えなくてはいけないことだが、私の実践の現場では長期的に回数を重ねることが可能なので、「一回で伝えきる」と考えず、WSやツールの作成を何度も経験するうちに、子どもたちの思考が深まるようにデザインしてもいいのではないかと思った。

  • WS3(3日目)までは、参加者への説明・指示が重要だという点に注意がいっていたが、当然のことなのだが、今回は、振り返りやまとめも重要であると感じた。自分が企画・運営をする側になることが将来あれば、その時はWSの目的と照らし合わせてしっかりしたまとめの時間も計画しなくてはいけないと思った。

 第9回複言語・複文化ワークショップは、ご自身の居住地・グループ・教室などで「複言語・複文化ワークショップ」を開いてみたいという方を対象に行った、初めての<運営者向け>ワークショップとなりました。当研究会のワークショップで使用している3つのツールを全員で体験し、そのツールを活用する意義や可能性について語り合うことができました。研究会としても改めてツールやワークショップの価値を見直すことができ、とても有意義でした。今後もこのように世界各地の実践者の皆さんと語り合える場を作っていきたいと思います。

 2023年4月開催の第19回セミナーでは、このワークショップにご参加いただいた方々が実際にその後行ったワークショップ実践についてご発表くださいます。どのような実践をされ、どのような気づきがあったのでしょうか。次回セミナーが楽しみでなりません。

JMHERAT運営委員


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